青少年男子達の儀式でもあった無修正PLAYBOYの閲覧会
米国の雑誌PLAYBOYが来年3月にヌード写真の掲載をやめることを発表した。PLAYBOYと言えばプレイメイトのヌードが象徴だっただけに大きな決断だ。かつては米国旅行で無修正のPLAYBOYを日本に持ちこんだ奴は男達の中でちょっとしたヒーローになれたものだ。男子だけでこっそり隠れて見ることは一大儀式でもあった。「金髪はあそこも金髪なのか?」多くの男子の疑問に答えてくれたのもPLAYBOYだった。
産業エロスの終焉
今ではネットで誰もが無修正のヌードを簡単に見られる時代だ。もちろんその理由も大きいだろう。だが我々日本の退廃主義者から見れば,プレイメイトのようなごく一部の選ばれた女性が挑発的なポーズで男性の欲望をかき立てることそのものが産業エロス的であり,その役割を終えたのだと感じる。水着の写真を撮影するならパーソナルな撮影会で自分自身が写真を撮影する方が楽しい。FC2ライブのようなメディアでチャットの向こうのニッチなセックスシンボル達がインタラクティブに男達と会話しながら挑発的なポーズを見せる。こうしたことが可能になっている。
エロスはじぶんごとされなければ行けない。マスメディア的なアプローチからパーソナライズされたアプローチが有効なビジネスだ。しかし完全に1vs1に閉じてしまってもダメだろう。デジタルが可能にする同じ趣味趣向の人達をマッチングすることでの小さなコミュニティ型エロスは今後のエロスビジネスの有望な方向性だ。
女性主導型エロスの時代
性に関するコラムの筆者には「性に積極的な女性」を起用する意向だとジョーンズは言う。
また一方でエロスは女性主導型になる。このインタビューでも言及されているように,女性は受け身のヌードの被写体から自らの欲望や体験を発信する時代になるだろう。昔ながらの保守的な男性達からすると支配的立場が崩れていくことを良しとしないだろうが,退廃主義的には女性のエロスを解放することが何より大事だ。ファッション誌やグルメ雑誌では取り組めないエロスを文化として発信していくメディアとしての役割は引き続き期待したいところではある。もちろん日本にはロレンスがその役目を果たすだろう!